10.19.2011

インドの教え_27

「ネパール人は優しいと聞いて油断していたせいもあって、空港の強引な客引きに辟易した。辟易しただけではなくて、ヘコんだ。インドに半年住んで、そんなことはとっくにクリアしていると思っていたのに、出来ていない自分にもショック」


「アイエンガーのクラスでは、ものすごく精密で正解な動きを要求される。そこを勘違いして柔軟さを追求して間違った動きをする生徒が、悪いサンプルとしてデモンストレーションさせられることもしばしば。そういうのはクラス中ヘコむ」


「むかし、インドでアドレス交換した人に日本で会おうって言われて、すごく嬉しかったのに、会いに行ったらアムウェXみたいな勧誘で、まっ暗な気分になって3日くらい立ち直れなかった」


カトマンズの初日は予定を変更して、バックパッカーの集まる街中のフリーク•ストリートへ。夕食時の渡辺トモコとの会話です。


自分に落ち度がなく、相手に悪意もないのにヘコんでしまったときは、いい機会なので自我を分析してみます。


なにが起こらなければ、ヘコまなかったのか?
自分をヘコませた出来事の、どの部分が効いたのか?
同じ気持ちになったのはいつだったか?出来るだけ違う状況で、出来るだけ過去で。


柔らかい風船のような私たちの自我は、周りをぴったり優しく囲まれていると、きれいな球形でいられて快適です。


でも自分も周りの人々も生きているので、押されて潰れそうになったり、苦しいので押し返したり、あきらめて別の方向を押してみたり、ぴったり包まれていると思っていたらスキマがあって焦ったりします。


自我の風船には、遠い昔に作ってしまった「ほつれ」があります。右側にある臓器に気づかないくらい鈍い痛みがある人が、毎晩カラダの左側を上にして眠るように、私たちは「ほつれ」の部分を触らないように生きていて、それが痛ければ痛いほどその存在を意識の奥に閉じ込めて忘れてしまおうとします。


ghost writer